ジョンが来日したのが、1998年。それから12年を経て娘のニコールが2010年来日しました。どちらの年も私が年男だったことに今、気がつきました。迎えに行く空港が大阪から東京に変わり、その間にいろいろな事がお互いの家に
ありましたが、親子2代を日本に迎えるのは楽しいものです。コンピュータを発明して16回来日した祖父のエッカート博士、何度も来日した父親から、日本についての素晴らしさを聞かされていたニコールには、日本を訪れることは
夢だったのです。忙しいスケジュールを調整しての11日間の来日でした。成田までの長旅が終わったと思ったら、今度は我が家のある横浜までの長旅!嫌な顔1つせず、成田エクスプレスの車内からの光景を見て、早くも好奇心旺盛に質問が飛んで来ました。とてもエキサイティングだと満面の笑みです。
日本の家とアメリカの家の違いを彼女は知っています。彼女がカリフォルニアに住んでいた時には、家では日本式、靴を脱ぐという習慣を取り入れていたからです。なぜ?お母さんの床掃除がとても楽だからです。なので、泊まる場所については
彼女は順応します。ニコールと初めて会う私の妻も、美しく育った彼女をハグで迎え、ジョンが来日した時の写真を一緒に見たりして話を楽しんでいました。しかし私の長男はニコールと同じ大学生なのに大阪。あれだけジョンになついた弟も、
英語の成績が悪いのと、照れてろくに話をしようとしません。もう少し積極的になって欲しかった。普通のいつも通りの家庭料理を、彼女には食べてもらいました。そして早速私に気づかって、「今回会えないランドマーク・ポストのメンバーの方に電話だけでもしたい」と提案、
多くの人に電話を架けていました。
ジョンが来日した時は、関東を訪れたのはビジネス。私と楽しんだのは関西。しかも当時の私は能勢という大阪の北の僻地に住んでいました。(この家はまだ持っています)私が今回決めていたことが1つあります。それはジョンが行った全ての場所に彼女を案内し、
ジョンが撮影した同じポイントから同じ写真を撮影するということです。例えばこの2枚。上は今回2010年の金閣寺の池です。下は1998年にジョンが撮影した写真です。どうですか?右の木が成長しているのが分かりますね。このように撮影して行くと、大阪の街が変わっている様も一目瞭然。親子で
楽しめる写真が出来上がるという仕組みです。
今回の彼女の来日では、ランドマーク・ポストのメンバーの多くが彼女と会ってくれました。それは「メンバーの活動」を読んで頂くとして・・実は彼女の日程には2日間のオフがありました。この2日間は、メンバーを誘う事が出来ない場所に行って来ました。
彼女は映画「ラスト・サムライ」が大好きですが、渡辺謙とエドワード・ズウィック監督が2人で来て、渡辺謙が電子辞書を片手に苦戦した高級料亭やお寿司屋さんです。ニコールもとても喜んで満喫してくれました。(会員の皆様には申し訳ございませんでした。誰でも行けない場所だったので。)
警視庁を訪れた際には、私も久々に本気で同時通訳をしましたが、このオフの時だけは金閣寺・映画村などを回り、のんびりとさせて頂きました。
京都〜大阪に滞在中は私の実家を宿舎にしようと思っていましたが、息子が下宿しており、空き部屋がなくホテルになりました。この長男も英語が今1つ出来ないので、ニコールには結局会わず!親がせっかく作ったチャンスだと思っていても、子供にはそんなこと関係ないのです。もったいないことを
してくれると私は思いました。ただ、ジョンから私の父について聞いていて、「絶対に一緒に釣りに行きましょう。それまで元気で」との伝言を預かっていたせいか、ニコールも私の父親に会う事だけは固執していましたので(笑)時間を作り、スケジュール途中で喫茶店で面会。「ジョンのお嬢さんなのに、
綺麗な女の子やな〜」と私の父親も美女とのコーヒータイムを満喫しました。
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