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失敗しない英会話スクール選び!



失敗しないスクール選びとして、どのようにすれば英語は上達し、何をすれば何時まで経っても上手くならないのかを、「英語で気持ちを伝えたい!」と題して連載して行きます。



日常会話ってよく言うけれど・・日常会話ってどのレベル? by YU-MI


英語をマスターしたい、もしくはマスターしなくてはいけない状況に追い込まれている人にとって、その理由や目的はさまざまです。海外旅行が好きで英語が話せたら便利だなと思っている人、音楽や映画が好きで字幕なしで映画を見られるようになりたいと思っている人、身内に国際結婚した人がいるため英語で会話する機会が増えた人、たまたま好きになった相手が外国人だったという人・・・。こういった人に英語を教えるのは、さほど難しくありません。なぜなら彼らにあるのは純粋に“英語でコミュニケーションがとれるようになりたい”という思いだけだからです。

ところが、今年から会社が外資系企業に吸収されて上司が外国人になってしまった、管理職になるためにTOEIC700点以上必要で英語を勉強しなくてはならなくなった。エンジニアをしていて海外(アジアを含む)に出張し、現地の工場職員をトレーニングしたりプレゼンしたりする機会が増えた。研究職に就いていて国際学会で発表をしなくてはいけない・・・というような人たちに英語を教える場合、なかなかスムーズに行かないことがあります。それはなぜかというと、彼らは英語でコミュニケーションを取りたいわけではなく、ただ仕事で英語を使えるようになりたいだけだからです。

英語はコミュニケーションのツールのひとつなのです。人と人を結ぶのは、もちろん感情表現やその他さまざまな条件があると思いますが、なんといっても言葉が最も重要であることは疑う余地がありません。一目あったその日から、恋の花咲くこともある・・・なんて、言葉がわからなくても通じ合える場合もあるでしょうが、そんなことは滅多に起こるものではありません(笑)。それでは事は動き出さないのが普通です。互いに理解するためには共通の言葉が必要なのです。

けれども、往々にしてビジネスで英語が必要だという人に限って、この基本がわかっていないことが多い。とにかく「英語でプレゼンできればいいのだ」と思い込んでいるため、かえって遠回りしてしまう。たとえば、「こんな簡単な表現は必要ない、自分はIT関連の英語をやりたいのだ」とか、「エンジニアリング系のビジネス英語だけ教えてくれ」とか、そういう人が結構多いのです。はっきり言いますが、そういう考えを捨てない限り何年勉強したって英語をマスターすることなどできません。

この手の人は、ある程度学歴もあり知的レベルも高いため、プライドが邪魔をするのか、基本中の基本をもう一度おさらいすることに異常なまでに拒否感を持つことがあるように思います。単純な構文や慣用表現といったものを、「なぜこんなことをしなければならないのか」と思ってしまうわけです。そして、全員が全員口をそろえて言うのが、「自分は日常会話をやりたいわけではない、ビジネス英語を学びたいのだ」ということです。

あえて苦言を呈しますと、日常会話<ビジネス会話などではなく、むしろ逆です。日常会話>ビジネス会話なのです。ビジネス会話はある程度なんとかなるけれど、日常会話となると手も足も出ない、という人は日本人サラリーマンや技術者、下手をすると研究者などにもいますが、日常会話はできるけどビジネス会話はできない、という人はまずいません。ビジネス英語というのは、そこに使われる用語が特殊なだけであって、基本構文や慣用表現などは一般英語と変わらない。それがマスターできていないと、ただ専門用語をあげつらっただけの薄っぺらい内容になってしまうだけです。基本を押さえていないと、すぐにメッキははがれてしまうのです。

よく、研究者や医師などが海外の学会で論文を発表する時、「大変なのは論文発表やそれにまつわる質疑応答ではない。カンフェレンスが終わって、夜になってレセプションで近況報告をしたり、たわいもない雑談をするのが一番大変だ」というような話を聞きます。つまり、発表やディスカッションは大丈夫なのです。専門分野の話しかしないため、話題についていける。単語をつなぎ合わせれば、何となく言っていることが推測できる。けれども一歩専門外に出て普通の会話を始めると、もう何が何だかちんぷんかんぷん。会話の輪に入っていけず一人ぽつねんと壁ぎわに立って、ワインでも飲んでいるしかなくなってしまうわけです。

こういうレセプションや食事会というのは、専門家同志が情報交換をしたりする貴重な場でもあるのです。海外の研究者たちはみな普通に英語を話すため、積極的にネットワークづくりにはげみ、大いに収穫を得ますが日本人は違う。専門的な話題にしかついていけないために、つまらないやつというレッテルを張られかねない。実際は英語が話せないだけなのですけどね。もっとも、気の利いた会話、最近流行っている映画や舞台、話題の観光地などについて無知であったりするために、話に乗れないというのもあるでしょうけれど・・・。

ビジネス英語、ビジネス会話と日本人はやたらビジネスに特化したものを好む傾向がありますが、英語に関してはまずは一般会話を習得する努力をすべきです。よくタレントや有名人などがプロフィールに、特技は英語、日常会話程度と書いていたりしますが、日常会話ができるというのは、何も駅で乗り換えするのにどうすればいいか聞けたり、買い物ができたり、天気の話ができたり、自己紹介ができたりすることではありません。私は、日常会話ができるというのは、その言語で他人の悪口を立て板に水状態でまくし立てることができるレベルだと思っています。

よく考えてみてください。友人や恋人、職場の同僚・・・こういった身近な人たちと飲みに行った際に、誰かの噂話をするでしょう。そういった内容を英語でも苦も無く言えれば、それはあなたが英語を日常会話程度なら話せると言ってかまわないレベルだと思います。ええと、ムカつくってなんて言うんだっけ・・・なんて立ち止まっている時点で日常会話など程遠いところにいるのです。ビジネス偏重主義のかたは、そこのところをもう一度よく考えてみる必要があるでしょう。





語学マスターの王道! by YU-MI


この記事を読んでいるみなさんは、お金を出してでも貴重な情報を手に入れたいと考える、情報の大切さを本当の意味できちんと理解している方々でしょう。ですから英語(もしくは外国語)をマスターするコツといっても、そんなものは地道にやるしかないということも十分理解されていることでしょう。ネット広告などで“こうすれば必ず英語がマスターできる”とか、“聞くだけで口をついて英語が出てくるようになる”とかいった謳い文句を目にしますが、それらは非常にあてにならないものです。何もしなくても好きなだけ食べながら痩せられると宣伝されている、ダイエット食品と同じ。そんなものが本当に存在するなら、世の中に肥満と呼ばれる人たちはいなくなる。

語学マスターの王道とは何か。語学習得にとって、年齢というのは一つの大きなポイントです。語学は学問ではありません。スポーツや音楽と同じで、誰しも訓練によってある程度のところまでは習得できるものです。もちろん、語学を学問として研究する人もいます。Linguistics(言語学)がそれにあたります。しかし、Linguistは研究者であり、全てのLinguistが語学堪能というわけではありません。

スポーツや音楽を嗜んでいた人ならわかると思いますが、いつから始めるかによって、その上達度合いや結果は違ってきます。言語も同じで、耳で聞いて勝手にその音を理解するようになる、いわば赤ちゃんが言葉を覚えていくように外国語を習得するというのは年齢に限界があるのです。一般的に、その限界点は14歳(諸説ありますが、どの説でも高校生では遅すぎます。)だといわれています。

14歳くらいまでなら、母国語以外の言語であっても、ポンとその環境に放り込まれればいつしか耳が慣れ、そのうち勝手に話せるようになるのです。こういう人たちを帰国子女と呼びますが、彼らは別段勉強することもなく英単語を暗記することもなく、英語圏で生活しているうちに自然に言葉を覚えていったのです。まるで子供が母親から言葉を覚えるように。これを英語教授法ではDirect methodと言います。母国語による翻訳を介さずに外国語を習得する方法です。理解できるのです。その延長戦を狙った教授法がDirect methodで、聞いた言葉を一旦頭の中で母国語に訳すことなく学ぶというもの。ひたすら英語を聞き続ければそのうちわかるようになるという方法なのですが、これは残念ながら14歳を過ぎると効果は無くなります。すなわちすでに英語のインプットレベルがかなり高い大人であれば、多少の効果は見込める可能性はあるかも知れません。けれども、ほとんどの一般日本人(成人)はその範疇にいません。

落語の寿限無(じゅげむ)をご存知でしょうか。これは、小学校の国語の教科書に出てきます。子供の名前をつけるのに縁起の良い言葉を並べたてたらものすごく長くなってしまったというような滑稽噺です。その名前が、「寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末食う寝る処に住む処 やぶら小路の藪柑子 パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」という長いものなのですが、いまだに私はこれを空で言えます。それは、まだ小さいころに覚えたからです。今覚えろと言われたらまず無理でしょう。覚えたところで簡単に忘れてしまうと思います。子供には、意味がわからなくても耳に入ってくるものを、勝手に覚えてしまうという能力があるのです。大人になるとそれは極めて難しくなる。だから、ただ英語を聞き流しているだけでリスニングが上がるということはまず絶対にあり得ないわけです。

一般的な日本人の英語力は、世間が考えているより、遥かに低いと言わざるを得ません。よく、日本人は「読み書き」はできるが「リスニングやスピーキングが弱い」といわれますが、これはまったくのデタラメです。日本人が「読み書き」が得意なら、外資に吸収された日系企業の従業員が社内報やメール、ミーティングのアジェンダがすべて英語になってしまったことで、困ることは一切ないはずです。外国人上司に対する報告やレポートも英語ですらすら書けるはず。でも実際はそうではありません。本部からのレポートを読めと言われたら丸一日かかるでしょう。日本人は、英語を読むのもおぼつかないレベルなのです。書くことは更に何をかいわんやのレベルです。

もうひとつ、多くの人が思い違いをしていることがあります。それは、語学の4技能(読む、書く、聞く、話す)を“読み書き”と“聞く話す”という2つに分けて考えていることです。語学にはreceptive skillとproductive skillという二つの技能があります。前者はいわゆる受動的なスキル、つまり読んだり聞いたりする能力を指します。後者は発信する能力、つまり書いたり話したりすることです。だから本来なら“読む聞く”と“書く話す”の2種類に分けなくてはいけないのです。たくさんの文章を読み、英語を聞いているとある程度読むスピードは上がりますし、リスニング力もつきます。けれども、それはあくまで受動的なスキルであり、書いたり話したりという自分から発信するスキルをつけるには、別の訓練が必要となります。

大人になると論理的に理解できるものしか、頭は受け付けません。意味もなく長文を覚えるということもできなくなるのです。なので、最低限の単語、イディオムを覚えて文法の構造を理解する。それが一番有効な方法なのです。間違っても最初から英字新聞やCNNニュースを教材にしてはいけません。そんなものが理解できるのであれば初めから苦労はしません。初級からスタートと言うと、「いやいや私は、そこそこのレベルだから中級だ」という人もいるでしょう。しかし、あえて苦言を呈しますと、日本の高校の英語教師の英語レベルで中級程度なのです。(日本では、英検2級程度の英語力でも高校の教師になれるのです。それが現実です。全ての教師がそうだというわけではありませんが。)だから自分が中級だと勘違いした人は、スタートから失敗します。

書く能力と話す能力はつながっています。自分の思うことをスラスラ書ける人は、間違いなく会話もできます。書けるけれど話せない、というのは嘘っぱちです。ある程度のレベルの人(聞くのはそこそこ出来るけど、話すのが苦手という人)はまず、毎日英語を書く訓練をしましょう。英文メールを書くのもよし、英語ブログを書くのもよし、日記を書くのもよし。とにかく、書いて書いて書きまくることです。そして、それを見て的確なアドバイスをしてくれる人がいれば尚良しです。これは大変な訓練ではありません。ただ、地道に毎日続ける必要があるというだけです。語学はスポーツや楽器演奏と同じです。日々の繰り返し、毎日の積み重ねが大切なのです。





英語に本気になっていますか?


「好きな時間に聞き流すだけ」

「短期間の勉強でこんなTOEICスコアなんて、びっくり!」

「努力不要・口から英語が飛び出る」


英語学習の宣伝について、英語は安直に身に付くものだと訴求する。そのような風潮が、近年益々あるように思えます。 日米の文化の違いや、それを学ぶことの醍醐味。外国人と友情を育むこと、すなわちコミュニケーション能力の大切さ、地道な努力の継続というようなことにはほとんど言及せず、ただイージーさだけをクローズアップするだけ。英語を覚えるのではなく、使うことにこそ本当の楽しさ、人生を変える要素、情報を世界中から収集できる奥深さがあるにも関わらず、どう覚えるか、どんな教材を使うのか、どれだけ楽かという、いい加減な宣伝に終始している英会話産業。

マスコミと、英語で飯を食っている関係者の良心に訴えたい。別に英語や、外国人との交流を美化して伝えろとは言っていません。人々に夢や生活の変化を与える、教育としての英語や英会話をあるがままに、伝える人には熱意をもって届けてほしいのです。メディアが英会話や英語を身につけることの、本当の魅力や醍醐味、実益を伝えず、関係があるとは思えない情報ばかり垂れ流していては、広告を見た人々の多くは、「英語」はそういうものだ、その程度のものだと思ってしまう。当然、本物と偽者のスクールや会社を見分ける目も養われない。そして、そういう広告や宣伝を見聞きして育つ子供たちも、「英語とはそんなものだ」と勘違いしてしまうでしょう。

そもそも英語の「プロ」とは何を指すのか?それで飯を食っているからか?高い技量を持っているからか?TOEICのスコアが高いからか?英検やその他の資格を持っているからか?勿論、それらはプロの一面です。しかし、今あげた要素は、あくまでも出発点なのです。プロとしての最低条件なのです。それだけでは真の意味で「プロ」とは呼べない。 英語への取り組み方。真のプロと呼べるか否かは、そこにかかっていると私は思います。いかにその仕事に全身全霊、全知全能持って取り組むことが出来るか。それを実践出来る人間をプロフェッショナルと呼ぶのです。しかし、英語はコミュニケーションの道具であり、極論すれば自分の言いたいことを伝える為の手段でしかないと、私は思います。

突然ですが、人間は何の為の生まれて来るのでしょう?私は「世の為、人の為」だと思います。人生と仕事は切り離して考えることは出来ません。ならば、人間は仕事を通じて成長し、成長した人間が仕事を通じて「世の為、人の為」に報いて行く。それが人生ではないでしょうか?であれば、英語を広める。英語教育を広げるという仕事を選んだ人間は、教育に対して商売オンリーの感覚で取り組んでいい訳がない!ビジネス感覚と、教育のバランス感覚がなくてはなりません。だから私は過程、つまりプロセスを重視します。その意味で、プロフェッショナルの「プロ」とは、プロセスの「プロ」でもあると言えるでしょう。プロセスによって、人間は成長するのです。

そう考えれば、英語教育をどのようにビジネスにして行くか。ビジネスに対する取り組み方が変わります。取り組み方が変われば、おのずと結果が変わって来ます。そして正しいプロセスを経た結果として出来上がるビジネスの素晴らしさに人は興味を持ち、感動し、大きな対価を払うのです。

全力で仕事に取り組む。それがプロとしての第一歩なのです。当然、英語ビジネスに対する取り組み方が真剣かどうかは、その態度や見た目にも表れます。 高校野球がどうして、あんなに人気があるのでしょう?大リーグの試合を観る機会にも恵まれている我々が、遥かに稚拙なプレーを見せる高校野球に惹かれるのはなぜでしょう。広い甲子園を満員にし、日本中を熱狂させる高校野球。その人気の原因は、一所懸命さなのです。人間が最も美しく見える時、それはひたむきに、一所懸命何かに打ち込んでいる時だと私は思います。その姿に人々は胸を打たれ、感動を覚え、高校野球に魅せられる。教育を行う側には、もっと真剣で真摯な姿勢を持ってもらいたい。

教育を受ける側にも問題はあります。英会話を学ぼうとする人が、「英語を楽しみたい」という言葉をすぐに口にする。楽しんで学ぶということは、決して悪いことではありません。しかし、私のいう「楽しみ」と、多くの学習者たちが口にする「楽しみ」は、微妙に異なっているように感じられてなりません。英語では「楽しみ」を表す言葉として、「ENJOY」と「FUN」の2つがあります。日本語ではどちらも「楽しみ」と訳されてしまうのですが、実はこの2つは違う。「FUN」とは、趣味に代表される文字通りの楽しみ。対して「ENJOY」は、「持てる力の全てを出し切る」という意味が含まれます。全力を出し尽くしたという充実感があるからこそ、「楽しい」のです。

英語を学ぼうとする時に「楽しむ」という言葉を使うならば、当然「ENJOY」でなければなりません。そうでなければ絶対に身に付かない。ところが多くの人は、「楽しむ」を「FUN」と誤解しているような気がしてなりません。だとしたら、「FUN」で学べるものって、一体どのようなものなのかを、もっと英語学習者は考えるべきだと思います。英語を義務教育以外の場で、お金を出して学ぼうとする人は、強制的にやらされているのではありません。自ら望んで、その場へ身を投じているのです。

私は外国人に友人を作り、英語を使って交際することが夢でした。だから、いくら思い通りの結果が出なくとも、英語をものにするのに苦労しても、それを「苦労」と呼ぶのはおこがましいと思いました。英語のことだけしか考えなくていい状況に身を置き、没頭できる今の私は、どんなにつらくても「楽しい」のです。それがプロフェッショナルの末席に身を置く者だと思います。英語を学ぶことが「楽しい」という人々は、本当に「楽しんでいる」のか、今一度考えてみるのもいいのではないでしょうか。





相手にゆっくり話をさせる方法!

ネイティブと英語で話すときに、1番苦労するのは、こちらの下手さ加減を割り引いても、相手の話していることが理解出来ないということです。というか、聞き取れない。あの漫画の“ペラペラ・・・”とは上手く言ったものだと感心します。(笑)本当にあんな風に聞こえて「こんなハズでは・・」という思いにとらわれ、自信喪失する人が多い。そしてその後はお決まりの“ダンマリ”を決め込むというパターンを、私は良く見ます。多くの場合、英会話スクールに通っている人によく見られます。なぜか。

しかし大学の英文科を卒業しているような人には、このパターンは余り見られません。どうしてでしょう?スクールに通っている人の多くは、文法に捕らわれ、発音を気にして固まります。メモリー不足のパソコンのように。しかし友達にアメリカ人がいる、英文科で生徒の機嫌なんか取ってくれない外国人の教授と最低4年間のバトルを繰り広げて来た人間は、いつも言いますが、英語は単なるコミュニケーションの道具としか考えていませんから、言葉が駄目なら、相手に文字を書かせる。手振り身振りを使う。それでも駄目なら、殴ってでも分からせます。(笑)それはジョークですが、相手にゆっくり話してもらう。あるいは話させるように仕向けることが出来ます。

英語を何だと思っているかの差が、ここで出ます。お客様扱いされている人には難しい芸当です。いつもゆっくり話してくれる先生を相手にしているので、本当の外国人がどんなものか知らないからです。本当の外国人?そうです。お話、しましょう。相手が何を言っているのか分からないなら、「ゆっくり話して下さい」と言えばいいですね。“Pardon?”あるいは、“I beg your pardon.”という言葉を、相手が話している最中に言ってしまえばいいのです。もっと直接的に、“Could you speak more slowly ?”とか、“Please speak slowly.”等と言っても構いません。ところが、こっちがそう言って1分くらいはゆっくり話してくれても、すぐに元に戻って“ペラペラ攻撃”が始まります。勿論“Please speak slowly.”を繰り返してもいいのですが、もっと相手にシビアな思いを持たさなければ、ゆっくり喋ってくれません。これが一般的な外国人です。なのに、温室育ちの人は、「何度も聞き返すのは悪いし・・」等と甘ったれるから話せない。話が理解出来ないと何も始まらないのに、その時点で挫折します。一体何の為に高いお金を払っていたのか!

さて、こういう相手には、もっとゆっくり話してくれと、シビアに伝えなければなりません。皆さんが多少、英語が出来れば出来るほど、ネイティブを注意しても、ゆっくり話してくれる時間は短いのですから。シビアに言うには、工夫をしましょう。“Just a moment. I can’t catch you.”とか、“Wait a minute. I can’t follow you.”というように、釘を刺してやるのです。これは効果が出ます。しかし、これで終わりではありませんよ!1番大切なのはここからです。こうした言葉を入れながら、とにかくこっちが、ゆっくりゆっくり話すようにします。相手がイライラしてくるかも知れません。しかし、そんなことを気にしていては、コミュニケーションが取れないのです。一切そんな態度を気にする必要はありません!相手にゆっくり話させるには、こっちがゆっくり話すのが1番の良薬なのです。相手もあなたのペースに合わせて、普通の時の3分の1くらいのスピードに落としてくれるでしょう。英会話、特に日本人の場合は、とにかくこちら側のペースに引き込むこと。これがコミュニケーションを成り立たせる第1歩です。これが出来ない人は、コミュニケーションがとれず、いい加減に調子を合わせていると、痛い目に遭いますからご注意を。

これはあなたの英語力がかなり上達したとしても、変わらない心構えです。下手に自分が上手くなったと思って話そうものなら、ペラペラ・マシンガンで撃たれます。ネイティブの会話のスピードは、それはそれは速いものです。知ってるよ、という人もいるでしょうが、恐らく分かっていません。英語の早口言葉を、1度ぜひやってもらって下さい。もうそれは、言語とは思えないスピードの言葉を聞くことが出来るでしょう。(笑)



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